Zabbix Conference Japan 2023レポート

1、監視からオブザーバビリティへ、そしてより幅広い領域への展開を目指すZabbix

ITシステムはもちろん、インターネットにつながるありとあらゆるものが協調し、私たちの日常生活やビジネス、社会そのものを支えるようになっている。これらが安定したサービスを実現するには、確実で包括的な監視が欠かせない。

そんな中、オープンソースの監視ソリューションとして確実な地位を築いてきたZabbixはどんな役割を果たしていくのだろうか。2023年11月16日、17日の2日間にわたって開催されたZabbix Conference Japan 2023では、あらためてこれまでのZabbixの歩みを振り返るとともに、今後の方向性が紹介された。

「究極の監視およびオブザーバビリティツール」を目指し、機能強化を継続

Zabbixの産みの親にして、Zabbix LLCの創設者兼CEOを務めるAlexei Vladishev(アレクセイ・ウラジシェフ)氏は、会場に自ら姿を見せオープニングスピーチを行った。そして、「Zabbixはエンタープライズ向けのオープンソースの監視ソリューションですが、我々のゴールは、Zabbixを究極の監視およびオブザーバビリティツールにしていくことです」と述べ、さらに進化を続ける方針を示した。

Zabbixが生まれて20年以上が経った。これまで監視を通して、さまざまな障害や問題に早期に気付き、修正できるよう支援することにより、さまざまな企業が多様なサービスを提供し、よりよい世界を実現し、最終的には人々の幸福に貢献することをミッションに取り組んできた。

Vladishev氏はこのミッションを引き続き追求し、またクローズドではなく、フリーでオープンソースであることにこだわる点もこの先変わらないとした。「急激な成長の代わりに、毎年少しずつ、着実な方法で成長したいと考えています」(Vladishev氏)

一方で、規模の大小はもちろん、ITインフラだけでなく、サービスやクラウドのモニタリング、OTのモニタリング、あるいはセキュリティやコンプライアンスのモニタリングなど、領域を問わず、Zabbixを多くの異なるユースケースに適合できるものにしていきたいと意気込みを語った。

特に力を入れていくポイントとして挙げたのは、あらゆるデータを収集し、分析して異常や問題を検知して対処し、状況をより高い解像度で可視化していく側面だ。「データを収集し、高い解像度で可視化し、パートナーやユーザーにとって低いTCOで利用できるデータ収集・処理プラットフォームにしていきたいと考えています」(Vladishev氏)

その手段の一つとして、「Single pane of Glass」、つまり単一の画面を見るだけですべてを把握できるようにしていく計画だという。「一つの画面を見るだけで、インフラで何が起こっているかがすぐわかるような監視およびオブザーバビリティプラットフォームを提供し、全体の可視性と高いレベルの透明性を実現していきます」(Vladishev氏)

すでにZabbix 7.0のアルファリリースでは新たなウィジェットが追加され、Single pane of Glassに向けた一歩が踏み出されている。また、気になる項目があればドリルダウンして詳細情報を掘り下げるのはもちろん、監視対象を切り替えながら確認したり、ハニカム型ナビゲーションやサービスツリーナビゲーション、トポロジベースのナビゲーションといった新たなビューを追加するほか、レポート機能の強化も図っていく。さらに、可視化機能を自らの手で拡張、カスタマイズできるよう、開発者向けフレームワークも強化していく。

もちろん、大元となるデータの対象も広げていく。同氏はZabbix 6.0から7.0、8.0への進化の中で、「メトリックデータだけでなく、トレーシングデータ、オープンテレメトリデータ、トポロジデータ、ストリーミングデータ、トレーシング、イベント、ログ、バイナリデータなど、ありとあらゆるタイプのデータ処理を行えるようにしていく計画です」と述べ、可視化とデータ処理の両面で強化を続けていくとした。

もう一つ力を入れていく領域が、パフォーマンスの強化や自動化だ。これは、ZabbixのトータルなTCOを下げていくという観点でも重要なポイントだとVladishev氏は説明した。

「コストを考える際には、Zabbixが稼働するハードウェアのコストだけでなく、Zabbixのインストールや運用に必要な知識の習得、設定変更に要する時間といった側面も考慮しなければなりません。Zabbixのさらなる高速化と、多くの自動化機能を組み入れ、より直感的に使いやすくするという2つの面でZabbixの運用コストを下げていきます」(Vladishev氏)

またZabbix 7.0では、プロキシ間での負荷分散・HA機能がサポートされる予定で、すでに開発が進んでいる。これをAWSなどのパブリッククラウドと組み合わせて活用することで、負荷の増減に合わせて自動的にプロキシをスケールアウトさせ、逆に負荷が減ったときには動的に減らすといったことが可能になり、低コストかつより信頼性の高い運用が可能になる予定だ。

そして、前述の通りZabbixで処理できるデータの種類を拡張するほか、ニーズに合わせてさまざまな環境の監視が行えるよう、Zabbixプラグインやスクリプト、Webhookといった既存の機能に続き、柔軟にダッシュボードのカスタマイズを行えるような機能も追加し、さまざまな領域におけるモニタリングのニーズに応えていきたいとした。

「オープンテレメトリおよびテレメトリデータ、トレーシングデータをサポートし、バージョン8.0のころには、Zabbixを単なる監視ソリューションにとどまらず、究極の監視ならびにオブザーバビリティソリューションとして認識されるようにしていきます」(Vladishev氏)

「オープンソースはしっかりビジネスになる」、ポイントは収益との絶妙なバランス

2日目のセッションには、Zabbix Japan LLCの代表を務める寺島広大氏が登場し、Zabbixも含めたオープンソースとビジネスの関係について掘り下げた。

2012年10月、Vladishev氏らとともに法務局に足を運び、Zabbix LLCにとって初の支社であるZabbix Japanを設立してから10年。それだけの年月が経っても、「日本時間で、日本人による、日本語の日本人向けのサポートを提供し、パートナー企業向けの営業支援を行い、マーケットのニーズにマッチしたサービスを提供していくところは今も変わらず、会社のポリシーとして大切にしながら運営を続けています」(寺島氏)

地道に、着実に活動を続けてきた結果、今やパートナーは67社にまで拡大した。また、Zabbixというソフトウェア単体だけでなく、サポートサービスやパートナー各社が提供するサービスを導入するユーザーも増えており、日本市場のビジネスは安定している。

しかし、Zabbix Japanの立ち上げから今に至るまで、寺島氏はたびたび「本当にオープンソースでビジネスになるんですか? どうやって儲けるんですか?」という問いを投げかけられてきたそうだ。

今でこそ、オープンソースソフトウェア、特にメジャーなソフトウェアの多くは、さまざまなテクノロジー企業の有形・無形の支援を得て、企業主体となって開発・提供されるようになった。ソフトウェア本体はフリーで提供されつつ、周辺のサポートやトレーニング、インストールや運用支援といった技術的なサービスの部分でさまざまな企業がビジネスを展開し、幅広いエコシステムを構築している。しかし10年前は、こうした形式に懐疑的な声も多かったそうだ。

そもそもビジネスとは何だろうか。商用ソフトウェアの場合、まず製品を作り、その製品を知ってもらうために、それなりの予算を投じて宣伝・マーケティング活動を展開していく。そして、製品を購入したユーザーからのフィードバックを元にまた新たな開発につなげる——というサイクルが展開されるが、その中では、収益を最大化するために営業やマーケティング活動にある程度重きが置かれることになる。

一方、Zabbixも含めたオープンソースソフトウェアの場合はちょっと順番が異なる。すでに個人の趣味などの結果として製品はできあがっており、あとはどこかで公開すればいい。このため、商用ソフトウェアと異なり、予算を投じてのマーケティング活動はそれほど行われない。よいソフトウェアであればいろいろな人が使い、広がるにつれて自然とコミュニティが生まれ、困ったところを解決する技術情報が公開されたり、バグ報告をはじめとするフィードバックが返ってくる。

「オープンソースコミュニティというと、世界中のエンジニアがコードを書き、開発しているイメージを持つ方も多いと思いますが、実際にはそれだけではありません。フォーラムで他の人をヘルプしたり、この製品はいいよと他の人に広めたりといった、ユーザー同士の助け合いや情報発信が非常に大事なところです。Zabbixはそういった方々をできるだけ支援していきたいと思っています」(寺島氏)

Zabbixはこうやって広まってきたが、ユーザーが増えれば増えるほどさまざまな要望が寄せられる。それらの声に応えていくには、Vladishev氏自身が100%コミットするのはもちろん、技術支援やトレーニング、サポートのためのメンバーが必要だ。そういった経緯からZabbix LLCは設立された。Zabbixそのものの開発は、基本的にZabbix LLCに雇われた社員が行っており、そこは、一般のIT企業が、有償のソフトウェア製品を作る場合と大きくは変わらない。

ただ、何らかの形で開発を継続していくための資金は必要だ。Zabbixでは本体による技術支援、あるいはパートナーによる企業としてのサポート体制を展開し、そこから得られた収益を、プロダクトを改善し、開発を継続していく原資になっている。同時に、コミュニティ活動を通して、ユーザーから得られるフィードバックも重要な位置付けにあるという。

寺島氏はこういった全体像を説明した上で、ロジックこそ違うが、「オープンソースでビジネスはしっかりできる」と結論付けた。

そして「押し売りではなく、ユーザーに選んでいただけるものを作るためにも、エンジニアの視点や技術力を大切にしています。一方で収益が必要なのも事実です。ビジネス色はあまり強くない方がいいのですが、でもビジネスもしなければいけません。その真ん中でうまくバランスを取っていく感覚を持ちながら、10年間、会社としてやってきました」と述べた。

商用ソフトウェアの場合、どうしても収益が先になる。しかしZabbixはまずユーザーを広げることを重視しており、そのためにエンジニア主導で製品を開発し、情報をオープンに公開し、より広く知ってもらうことに力を注いできた。「その上で収益も必要ではありますが、得すぎないという微妙なバランスを保っているのが、私たちの活動だと思っています」(寺島氏)

そして、もし困ることがあればパートナー経由で価値あるサービスを提供してもらうことで、全体の収益につながるビジネスモデルを展開している、というのが今の構図であり、このあり方を今後も継続していくとした。

こうしたこれまでの活動を通して、情報システムの分野ではZabbixの認知度が非常に高まってきた。プロキシの活用やクラウド環境の監視など、監視の対象はより広がっていく方向にある。

ただ海外の事例を見ると、IT関連の機器やリソースだけでなく、太陽光発電システムなどIoTデバイスの監視に活用するケースも生まれている。

「サーバやネットワーク機器だけでなく、データセンターのファシリティや工場設備、建築、医療、運輸など、これまでに聞いたことのない業界でもZabbixを活用いただける分野はたくさんあると思っています」(寺島氏)。今後はそんな新たな分野での監視に向け、ISVやIHVとの連携を広げ、新たな事例を作っていく方針だ。

文:フリーライター 高橋 睦美 様
カンファレンスへ戻る